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法話集

合同供養祭などでの住職の法話をご紹介いたします

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「成道会(ジョウドウエ)」

2017年12月 北摂池田メモリアルパーク合同供養祭
皆様、本日もお寒い中、ようこそお参りくださいました。
本年も早や、12月、師走も半ばとなりました。本日は今年最後の合同法要であります。
美しく色づいておりました周囲の山の木々も葉を落とし何か一抹の寂しさを感じます。
これが自然の無常の姿であります。

12月は仏教にとりましても大変大切な月であります。
何故かと申しますと、12月8日が教祖であるお釈迦様がお悟りをお開きになった尊い聖日であるからです。
お釈迦様は今から約3000年の昔、インドの北方、今のネパールの国境付近にありましたカビラ国という小国の王、浄飯王(ジョウボンノウ)の皇太子としてお生まれになりました。
生まれつき頗るご聡明であったと申します。太子は何不自由なく幸せなお暮しをなさっているように見えましたが、ご本人はさにあらず、成長されるに従い、この世の生老病死、人生の四苦をどうしたら逃れることが出来るのか、真の幸せとは何なのかと、常に物思いに沈まれるようになりました。これに気付かれた浄飯王はいろいろな手段で太子の心を和ませようと努力されましたが、その甲斐もなく、終に29歳の時に決心をされ、王位も財産もすべて捨てて出家をされ、修行者たちのいる苦行林に入られたのであります。

それから6年もの間、命がけの苦行をされましたが、その苦行によって悟りを開くことはできませんでした。
太子は苦行のために骨と皮にやつれ骸骨のようなお姿となって山を下りられました。
そして尼蓮禅河という川の清き流れに身を清めていらっしゃいました。
そこへ丁度、通りがかったスジャータという娘さんから乳粥の供養を受け、元気を回復された太子は近くのガヤというところにあった大きな菩提樹の木の下に坐を設け、 「吾、正覚を了ぜずんば此の坐を立たず」と大決心をもって坐禅三昧に入られたのであります。

太子35歳の12月1日のことでありました。そこから8日の朝まで太子の迷いと戦いは大変なものでありました。太子の脳裏には煩悩と妄想の悪魔が次々と現れてお悟りの邪魔をしましたが、太子は強い意志で「悪魔よ去れ」と懸命に斥けられて8日の朝、東の空に昇る暁の明星をご覧になって、迷いの雲はカラリと晴れて終にお悟りをお開きになったのであります。ここに太子は大聖釈迦牟尼仏となられましたが、尚、悟りの後の修行をなされつつ、お悟りの内容が余りにも深遠であって「これを人に説いても到底理解して貰えないであろう」とお考えになり、いっそ人に説くことを止めて身を隠してしまおうとお考えになったとの事でありますが、その時、天より梵天の声があり、太子に「どうかあきらめないで、お悟りの内容を衆生(人々)に説き、迷える生きとし生ける者をお救い下さるように」とお願いをされたのであります。太子はこれによって決心をされて、説法の旅を始められ、80歳に到るまでインド各地を巡って生きとし生けるものをお救い下さったのであります。
そのお悟りの内容が現在八万四千の法門となり五千余巻の教巻となって、3000年後 の今日まで伝わり私たちをお導き下さっているのであります。 このお悟りの日、12月8日を「成道会(ジョウドウエ)」といって仏教の一番大切な日となっているのであります。
合掌
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